名大社 ジモト転職エージェント

2020.09.01

転職6回の私のキャリア論【前編】

みなさん、こんにちは。ニシダチカです。1981年生まれの39歳。かれこれ10年以上人材業界でキャリアを歩んでます。

私はこれまで6回転職を経験し、今は名大社のキャリアアドバイザー(CA)をしています。学生の皆さん幅広い年齢層の転職者の方々など、ご相談をお受けしてきた求職者は数えきれないほど。求職者だけでなく企業の採用コンサルティングもお受けしています。人と企業の出会いに関わるのが私の仕事です。

「6回転職」と聞くとネガティヴにしか聞こえないと思いますが、私は転職する時、いつでも自分の変化とポジティブに向き合ってきました。そして今、「やるべき仕事=やりたい仕事」に近づいています。

そんな私が転職6回を経て、気づいたこと、大切にしていることをお話させてください。(前編・中編・後編の3部作となっております)

仕事の原点は学生時代のアルバイト

社会人になる前、私は東京で理系の専門学校に通っていました。遺伝子工学やバイオテクノロジーの研究を嗜むいわゆるリケ女ですね。卒業後は研究職に就くのが一般的な路線でしたが、私、気づいちゃったんです。実験室でずっとじっと研究しているのは苦手だって(笑)。

一方で、ファミレスのホールのバイトが楽しかった。週6で働いていました。楽しいけれど、決して楽ではなかったんです。店長はかなり厳しい人。コップの置き方とか、すごく細かいことまできっちりと指導してもらいました。店長の教えのもと、こだわりを持って仕事していると、お客様に顔を覚えてもらえて、いろいろと声をかけてもらえるようになりました。嬉しかったなぁ。

仕事を丁寧にとことんやり切ることで人に喜んでもらえる。

これに私はやりがいを感じるんだ!と気づきましたね。仕事に向き合う姿勢の基本は、この頃から変わってないと思います。

苦手を「あえて選んだ」就職

さて、研究職は向いていないと思った私は、就職活動をすることに。とはいえ、普通の就活とはいえなかったかな。学校の就職課にある求人にはピンとこないし、ナビは情報量が多すぎでどう選んだらいいか分からなくて…。そんな時、学校に出入りしていた理化学機器を扱う商社の営業さんと話したのをきっかけに、身の回りにあるものに興味が湧いて。まずは、自分が使っていた機器を作っている外資系のメーカーに応募してみました。正直、練習のつもりだったんです。説明会にいた参加者のほとんどは大学院生だったし。語学力もないし。けれど、無事に内定をいただくことができて。これは運命!その企業に行こうと決めました。だから実は新卒では一社しか応募していません。

もうひとつ。実は、私は総合職とか営業とか向いていないと思っていました。基本的に人見知りだったので。接客はできても営業はできんやろうって。

ただ、そんな自分を変えるチャレンジがしたくて。苦手に思うことから逃げるのはやめる。今、変わりたいんだって面接でもはっきり言いました。

最初の頃は苦労しましたよ。未熟な分は商談の準備に時間をかけて補いました。準備をおろそかにしないのは、今も変わってないです。

入社して5年、1台1千万円もする高価な機器を提案するセールスエンジニアとして47都道府県を渡り歩きました。当時の趣味はご当地キティちゃん集め。機器の性能は間違いないので、かなりの金額の契約をとっていました。でも、製品の質は良くても、外資系というだけで断られるなど、仕事の良し悪しと結果が結びつかないこともあった…。「私がやってもやらなくても同じなのでは?」と疑問を抱いたのが、初めての転職のきっかけです。

トンチンカンなアドバイスの先に見えた「わたしのニーズ」

転職しようとエージェントに相談にいきました。転職のやり方もわからないし、無料で相談のってくれるなら行くしかないと。まだ相談先の選択肢も少ないなか、大手エージェントに行くとまったく納得できないアドバイスしかもらえない。専門性の高い理系の仕事をきちんと理解してもらえなくて、トンチンカンな転職先しか候補が出て来なかった…。

そこでふと思ったんです。

「専門的な業界にいて、私と同じように悩んでいる人がいっぱいいるのでは?その相談に乗れるのって、私にしかできない仕事なのでは?」

そうして私は、理化学機器のメーカーから人材業界へとキャリアチェンジすることになるのです。(中編へ続く)

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